コラム

RIZINで活躍したキング・モー、UFCで活躍したアレクサンダー・グスタフソン、ジミ・マヌワが引退。ファイターの引退を考える。


2008年に「SRC(戦極)」で総合格闘家としてのキャリアをスタートさせ、Strikeforce、Bellator、RIZINで活躍したキング・モーですが、Instagramで引退を発表しました。

 
 
 
 
 
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キング・モーは4月21日に開催された「RIZIN.15」でイリー・プロハースカとRIZINライトヘビー級タイトルマッチで対戦しましたが、3RにTKO負けを喫しています。その直後に大晦日での引退を示唆していましたが、その前に引退を正式に発表することとなりました。股関節や膝に人工関節を入れなければならないほど体はボロボロであり、10年以上にわたる総合格闘家としてのキャリアに終止符が打たれることとなりました。

また、UFCでは6月1日に開催された「UFCファイトナイト・ストックホルム」に出場したアレクサンダー・グスタフソンとジミ・マヌワが引退を発表しています。

 
 
 
 
 
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I came to London from Nigeria when i was 10 yrs old in 1990. I grew up in south London and had crazy teenage years filled with fights and life lessons. In 2006 i was 26 years old and i discovered the ufc while flicking through the sports channels late at night , it immediately captured me , the likes of rampage jackson, tito ortiz , randy couture , shogun were my favourite fighters and i became a fan instantly. i’d never set foot in any martial arts gym in my life and neither didn’t have any plans to. In 2008 i was 28 years old and i said to myself that i’m gonna fight for the ufc. i got off my sofa and started training muay thai and bjj , i had no martial arts experience but i was a tough cunt from south london. Martial arts immediately put more structure and discipline into my crazy life and helped me become a much better person than i was previously. I had my first pro fight after 2 weeks training and i won. within the first 2 years i was uk number 1, but the goal was to fight for the ufc. I won all my fights by ko and in 2012 i accepted a ufc contract after turning them down twice with an 11-0 record all knockouts. Ive had a great martial arts career and the last 4 fights have been tough losses to take not only for myself but for my family who is always first, ive given out a mostly knockouts and taken a few myself , that’s my fan loving style but it takes a toll on the body especially concussions which are not visible to the eye i’ve met a lot of great people along the way and travelled the world but it’s time to leave this chapter and on to the next one because there’s a life after fighting and i feel it’s my obligation to give more to combat sports which i love dearly outside of fighting. Thank you @danawhite and the @ufc for letting me showcase my skills and thank you to all my coaches and training partners who have helped and taught me along the way , much love to the fans and last but not least much love to my dear family who together we made this dream a reality. Jimi POSTERBOY Manuwa PB1 🦁 … stay tuned 😉

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ジミ・マヌワは強烈な左の拳を持つファイターで、衝撃的なKOを量産していましたが、現在4連敗を喫しており、うち3戦がKO負け、判定負けを喫した試合でもダウンを喫しており、ダメージが心配されています。

アレクサンダー・グスタフソンはかつて絶対王者のジョン・ジョーンズを追い詰めた男として知られています。アンソニー・スミスに破れ、試合後のマイクで引退を発表し、オクタゴンにグローブを置いて去りました。現在まだ32歳とまだ若く、引退が惜しまれるとともに復帰を望む声があります。

ファイターの引退宣言というものはどこまで本気かということがはっきりせず、引退を発表したにも関わらず復帰するというケースが多くあります。ここで今回はファイターの引退がどこまで本気かということを考えてみたいと思います。

ファイターの引退は嘘?復帰したファイターたち

引退を発表し、復帰したファイターは数多くいます。今回は何人かその選手たちを紹介していきます。

ミルコ・クロコップ

ミルコ・クロコップは引退と復帰を繰り返しているファイターの一人です。1度目は2011年にロイ・ネルソンに敗北を喫し、引退を表明しています。しかし、そのわずか一ヶ月後にキックボクシングでの復帰を発表。K-1 WORLD GP FINAL in ZAGREBでかつてのK-1とは異なるK-1ではありますが、悲願の優勝を果たしました。2015年にはUFCに復帰。かつて自らの代名詞であるハイキックで金星を許したガブリエル・ゴンザガにリベンジを果たし、劇的なカムバックを果たしました。しかし次戦の前にドラッグテストに失格。肩の怪我が深刻であり、強行出場と治療のために成長ホルモンの注射をしたと本人も認めており、そのまま肩の怪我を理由に引退を発表しました。2度目の引退です。しかし2016年にRIZINでの復帰を発表。ミルコにとって日本という舞台は特別なものであり、これまで全てのオファーを断っていたようですが、日本で最後に引退をしようと考えたそうです。

RIZINで復帰をすると、RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2016 無差別級トーナメントで優勝。翌年にはかつて1度目の引退をするきっかけとなったロイ・ネルソンにリベンジを果たすなど鉄人ぷりを見せつけています。ミルコは総合格闘技でのリベンジマッチにおいて勝率が100%であり、その不屈の精神が多くの人気を集めた要因かもしれません。

しかし、その年に脳卒中が発覚。何度もカムバックを果たし、いまだに根強い人気を誇るミルコですが、今度こそは本当の引退であると語っています。

BJ・ペン

BJ・ペンはかつてUFCライト級絶対王者として君臨したレジェンドです。RIZINでも活躍する五味隆典選手が「試合をしたら怖いと思うのはBJくらい」と語っており、高いボクシングスキルと柔術スキルで当時では数少ないコンプリートファイターでした。

そんなBJですが、2011年にニック・ディアスに敗戦すると引退を発表。しかし翌年に引退を撤回し、ローリー・マクドナルドと対戦し復帰を果たしました。2014年にはフランキー・エドガーに3度目の敗戦を喫し引退を発表。しかし2017年には再びオクタゴンに復帰し、現在も現役で戦っています。

コナー・マクレガー

コナー・マクレガーはまた少し変わったケースかもしれません。

コナー・マクレガーはUFCファンなら誰もが知っているファイターかもしれませんが、実は2016年にSNSで一度引退を発表しています。しかしこれは2日後に撤回しており、直前に迫ったネイト・ディアズ戦のプロモーション活動に反発しての引退発表と言われています。

しかし、2019年にまともSNSで唐突に引退を発表。しかし9日後に引退撤回を匂わすようなツイートをしており、彼の場合何か狙いがあるのかもしれません。

ステファン・ボナー

ステファン・ボナーはフォレスト・グリフィンとの試合で名を挙げた選手です。2012年にアンデウソン・シウバと対戦しましたが、ステロイドの陽性反応が出たことが発覚。この試合を最後に引退することとなりましたが、2014年にBellatorでティと・オーティズを相手に復帰しています。

グローブを置いたファイターは復帰しない説

これまで引退を撤回したファイターたちについて述べてきましたが、ここで一つの説を唱えたいと思います。それはグローブをオクタゴンに置いたファイターは引退撤回しないという説です。

ブラッド・ピケットは2017年にマルロン・ベラ戦を最後に引退しています。試合後にはオクタゴンにグローブ…ではなくトレードマークのハットを置いてオクタゴンを去りました。グローブではないですが、彼のトレードマークをオクタゴンに置くという行為はグローブを置くと同じくらいに重さがあるので、こちらはこの説にカウントすることとします。

しかし…この説を思いつき、証拠をセコセコと集めている最中に早くもこの説を覆すファイターがいたのです!ビトー・べウフォートです。

ビトー・べウフォートは2018年にリョート・マチダに敗北し、オクタゴンで引退を発表し、グローブを置きました。しかし、現在ONE championshiopと契約しており、復帰待った無しといった状況です。ファイターの引退のメカニズムがわかるかもしれないと閃いた説ですが一瞬で覆されてしましました。

まとめ

結果ファイターが引退するしないということは本人以外には誰もわからないということでした。あるファイター(誰か忘れてしまいました)は「このスポーツは麻薬のようなものだ」と語っており、総合格闘技はなかなかやめることが出来ない魅力があるのかもしれません。

今回引退を発表したアレクサンダー・グスタフソンも唐突な引退発表であり、復帰する可能性は多いにあるのではないでしょうか。

今回は見事に唱えた説が一蹴されるという結果に終わってしまいましたが、また何か切について検証してみたいと思います。


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